もう12年も昔のこと。2歳になったばかりの娘を抱えて、20時間を超える旅の果てに、車から降り立ちました。 その途端に漂ってきた大好きな香り。日本から離れて長かった私が忘れかけていた金木犀の香りでした。
私が降り立ったのは懐かしい我が家の玄関ではなく、大きな病院の入り口。
いつも泣き出しそうなぐらいに喜んで玄関に飛んできてくれる母の姿はなく、私は病院のエレベーターを昇って母の側にたどり着きました。
あの時の母の思いはどんなものだったのでしょう。天国に行く前に、ようやく会えた一人娘を迎えるのはどのような気持ちなのでしょう。瀕死の中から、使いなさいとお金を握らせてくれた親心。いつもの、私を甘やかす時のあの優しい笑顔で。
2歳の娘をあやすために外に出ると、母の大好きな金木犀の香り。10月の初旬の日本を包む優しい香り。長女を死産した翌年の9月に私は生まれました。もしかしたらこの香りは母にとって新しい命の希望だったのかもしレません。
この花を母の枕元に持っていこう! でも、すぐにはどこに咲いているのか見つかりません。
あれだけ強い香りを放つのに、その花は小さくて慎ましく、見過ごしてしまうのです。 手を伸ばし、切り取ろうとしても、その枝は柔らかいのに、どうしても離れてくれません。
それはまさに母のようでした、 彼女はとても内気で、いつも人の影にひっそりと優しく立っていました。でもその笑顔はとても暖かく、人を惹きつけずにはいられませんでした。良い聞き手で、自分の意見も主張しません。けれども彼女から流れるキリストの香りを無視することはできませんでした。
彼女はキリストを救い主として信じてからは、キリストにしがみつき、生涯、病も、貧しさもどんな試練も母からそのお方を取り去ることはできませんでした。そして天国への希望と優しい香りを私たちに残して 美しい秋の日に、イエス様のもとへと帰っていきました。
恵みの家を建てた後、若い金木犀を買いました。まだ弱々しいこの木が、良い香りを放つためにはまだ少し時間が必要なようです。 私が天国に行く頃には、誰もが立ち止まるキリストの香りを放つ大木に成長しているのでしょいうか。私も母のように天国の希望を多くの人に残すことができるようになっているでしょうか・・
