私の父は長野の安曇野のという緑と水が美しい地に生まれましたが、早くに父を無くし、沢山の苦労をして東京に新天地を求めてやってきました。満足に学校にも行けなかった父でしたが下町に土地を買って人を使い、やがて事業を拡張してサクセスストーリーを歩んでいました。
母はというと、都会が嫌いでいつも緑豊かな場所を求めては私を連れ出してくれました。そんな影響なのか、私の夢は牧場に住むことでした。
父が億単位の借金を負った時、私は現実から逃げる為に皮肉にも父が捨てた故郷のような世界を想像し、牧場で牛や羊と共に暮らすことを考えていました。
もやもやする不安の毎日、誰か私を牧草の沢山ある、飲み水があって乾くことのない牧場に連れていってくれないだろうか。何故父はあんなに美しい生活を捨て、こんなところに連れてきたのか? 私の両親は生活に必死、私の友人には恥ずかしくてそのような気持ちは話せませんでした。
長い一年が過ぎた頃、私はある聖書の言葉に出会います。
”イエスは彼らに言われた。私が道であり、真理であり、命なのです。
私を通してでなければ、だれも父(神)のみもとに行くことができません。”(ヨハネ14;6)
小さな頃から教会学校に行ってはいたけれど、
いつもぼんやりしていた私の心の目が一挙に覚めたように思いました。
神様こそが私の牧場で、水のほとりで、そこに行けば休むことができる。
返しようのない借金とか、生活の不安とか、そこでは心配しなくていい。
そこに連れて行ってくれるのは羊飼いであるイエス様なんだ。寒い寒い空の下、
神様ご自身に背中を押されたように、私はイエス様について行く決心をしたことを伝えるために長い階段を一人で下りて行きました。
1980年のビリーグラハムクルセードの夜でした。
そんな訳でクリスチャンになった私ですが、やがてそのことがきっかけで本当に緑が豊かな広大な北国、米国ミネソタ州に行くことになり、そこで結婚するとはその時は誰にも想像できなかったと思います。

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