私は羊飼いと暮らしています。いつから羊飼いと暮らし始めたか、それは多分生まれる前からのでしょうが、はっきりと意識したのは、13歳の夏からでした。
ここで言う羊飼いとはイエス様で、私は羊。そう考えるようになったのは、その夏に起きたある出来事に関係しています。
羊は羊飼いに頼らなければ、食べ物も、安全も確保できません。。でもその夏までは、
この羊飼いの存在なんて私はどうでも良かったのです。私の両親は十分に私を食べさせてくれたし、大きな家に住み、お嬢様学校に通う私に羊飼いなんて必要でしょうか。羊飼いさんは、壁にかかった絵か、時々開く聖書の中にいてくれるのがちょうど良い感じでした。だいたい私は自分が羊だなんて思ってもいませんでしたから。
あの中学2年生の夕方、夏季学校から帰ると、暗いキッチンの部屋で母が泣いていて、いつもは仕事で家にいない父が下を向いていました。後から思うとその時が私が子供時代に幕を閉じた瞬間でした。父は「明日から食べることも難しくなる」とポツリと言いました。
父は長野の田舎から出てきて、事業を起こし、美容の世界でいくつかのお店を持っていました。けれども人をすぐに信用するお人好しで、夜逃げした友人の借金を訳あってまるごとしょいこんでしまったというのです。一億円の借金。両親は放心状態です。
私は生まれて初めて、親ではなく誰か別の存在に助けを求める経験をしたのです。
”明日食べるものをください”” 自分がただの貧しい羊であることを思い出した私は、すっかり忘れていた羊飼いに初めてそのように語りかけたのでした。

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